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最高裁判所第一小法廷 昭和50年(オ)1025号 判決 1976年4月08日

上告人

畠山惇一

右訴訟代理人

関根俊太郎

外二名

被上告人

不二サツシ販売株式会社

右代表者

佐野友二

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人関根俊太郎、同二宮充子、同大内猛彦の上告理由について

約束手形につき公示催告手続により除権判決がされた場合には、その手形債権者は手形を所持しないで権利を行使することができるのであるから、公示催告中の手形債権に対する仮差押の執行は、除権判決がされる前においても、執行官による手形の占有を必要とせず、通常の指名債権に対する仮差押の執行と同じく、仮差押命令を債務者及び第三債務者に送達すれば足りるものと解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。それゆえ、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(岸上康夫 藤林益三 下田武三 岸盛一 団藤重光)

上告代理人関根俊太郎、同二宮充子、同大内猛彦の上告理由

一、本件の争点は、被上告人を債権者、株式会社ニューフロンティアを債務者、東海興業株式会社を第三債務者とする手形債権の仮差押決定(東京地裁昭和四六年(ヨ)第七四三〇号)の効力が認められるかどうかである。

この点につき原判決は「本件仮差押は、株式会社ニューフロンティアの申立による公示催告中の約束手形債権を対象とするものであつて、右公示催告の結果除権判決が為された場合には同会社において手形を所持せずに、右手形債権を行使しうるものであるから、かかる性質を有する債権の仮差押の執行は除権判決が為される以前においても執行官による手形の占有を必要とせず、通常の指名債権に対する仮差押と同じく仮差押命令を債務者および第三債務者に送達すれば足りる」と判示し、原判決が引用する第一審判決も同旨判示している。

つまり原判決は、本件において執行官による手形の占有を不要と解した理由を「将来除権判決が為された場合には手形を所持せず権利行使できる債権である」ことに求めている。

しかしながら、公示催告の申立が為されたからといつて必ずしも除権判決がなされるとは限つていないのである。

また右の理由によるとすれば、手形喪失後公示催告申立前の手形についても「将来公示催告申立がなされ、除権判決がなされれば手形を所持せず権利行使ができる債権」ということになり、(仮)差押に執行官による手形の占有が不要ということになつて、民訴法六〇三条は全く空文化することになつてしまう。

二、それでは、手形につき公示催告の申立があつた場合について(仮)差押の執行方法を通常の手形に対する場合と異ならしめる特段の理由があるのであろうか。

手形はいうまでもなく権利を表章する手段であつて権利そのものではないから、盗難・紛失・滅失により手形を喪失しても、従来の手形上の権利者は依然として権利は有している。

しかしながら、右権利者は手形の喪失により権利行使の形式的資格を失ない、除権判決を得るまではその権利を行使することはできない(手形喪失者は公示催告の申立を行うことによつて何らの影響もうけない)。

他方、現に手形を所持している者はその手形によつて権利を行使することもできるし、またその手形を譲渡することもできる。しかも公示催告がなされていることを知つていると否とは問題でなく、したがつて債務者も所持人の権利行使を認めてこれに対し支払を為してもさしつかえない。

そして右の効果は、後に除権判決がなされても何ら変更されることはない。いずれにしても、公示催告の申立自体は手形について何らの効果も及ぼすことはないのである。

手形債権の(仮)差押の場合にだけ公示催告の申立に特別の意味を与えた原審判決は明らかに手形の証券性を無視した誤りを犯している。公示催告申立後といえども除権判決前の手形については、これの(仮)差押にあたり、執行官による手形の占有を要し、占有なくしては(仮)差押は無効であると解せざるを得ない。

三、もつとも以上のように解すると、公示催告中の手形債権の(仮)差押はその執行方法がないことになるが、手形債権の(仮)差押は「手形が存在していても執行の際その所在を知ることができなかつた場合」や「手形喪失後で公示催告前」にも執行は不可能である。これらの場合と対比して「公示催告申立後除権判決前」の手形債権の(仮)差押の執行方法についてのみ執行官による手形の占有を不要とするに足る特段の理由はないものと言わざるを得ないが、これは公示催告の性質上当然の事理である。

即ち、公示催告・除権判決の制度は「手形を喪失した者をして、その債務者に対して手形なくしてその権利を主張せしめるための制度」であつて、「手形を喪失した者の債権者のための制度」ではないからである。

四、以上検討してきたところによれば、原判決には公示催告後除権判決前の手形債権の仮差押に執行官による手形の占有が不要であると判示した点に民訴法七四八条の準用する同法六〇三条の解釈を誤つた違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れないものである。そして本件においては事実関係は当事者間に争いがなく判決するに熟しているので、更に上告の趣旨記載の判決を求めるため本件上告に及んだ次第である。

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